仁藤夏子さんへのリレーインタビュー

NPO法人『NPO法人子どもへのまなざし』代表 中川ひろみさんからのリレーインタビューは、『日野すみれ塾』代表の仁藤夏子さんです。

すみれ塾は小学生、中学生を対象とした無料塾です。
“無料塾”? 私は、この世の中に無料の塾があるのかと少しびっくりしました。そして今回、私が最も関心をもったことは“動機”でした。仁藤さんは何をきっかけに無料塾を始め、仁藤さんを突き動かし続けているものは何なのか。それを私は知りたいと思いました。

父子家庭の三人兄弟の末っ子として育った仁藤さんが中3の時、ある日突然お父さんは3,000円を置いて出て行ったそうです。そういう境遇の中で、仁藤さんは教育や家庭環境が子どもにもたらす影響や、一つの家族単位で子どもを育てることの難しさと地域による支え合いの必要性を、ご自身の体験を通して身に染みて感じて来られました。

すみれ塾の名前の由来は“smile”。
“smile”が生きる原点。

さて、とてもエネルギッシュで率直な仁藤さんへのインタビューの始まりです(聞き手:昆野)

――今回初めて無料塾の存在を知って、少しびっくりしています。そもそも何がきっかけで始められたんですか?

仁藤夏子さん: 動機はたくさんあります。その中で、八王子に『つばめ塾』という無料塾があると聞き、無料塾?何それ?と私の中に電撃が走ったのが最初でした(笑)。
私は父子家庭で育ち、勉強をしたかったけど有料塾に行くのは難しく、大学進学も夢のまた夢でした。だから無料塾という言葉を聞いた時、私が学生の時に無料塾があったら私の人生は随分と違っていただろうなと思ったのが一番のきっかけです。
また私には兄と姉がいますが、どちらも未だに生活保護を受けて暮らしています。そんな状況を見ていると、教育は“貧困を再生産”させてしまうと思えてなりません。そういうことを目の当たりにして生きてきたことが引き金となり、無料塾があったら救える子どもたちがいっぱいいるんじゃないかと思い始めました。

――無料ということは、支援者やボランティアによって成り立っているということですが、仁藤さんも講師をされるんですか?

仁藤夏子さん:私自身は全く教えられないんです(笑)。

――えっ、そうなんですか。最初から誰かに講師を頼んでスタートしたということですか?

仁藤夏子さん:そうなんです。他の無料塾は、ほとんど立ち上げた方が教えていますが、うちはちょっと変わっています。逆に、教えられなければ立ち上げられないというハードルを崩せれば嬉しいです。
教育に携わったことがないのにという指摘をいただいたこともありますが、例えば学校や教育のスペシャリストがやっていても、いじめや不登校が絶えません。だったらいろんな教育があっていい。子どもたち自身がその子らしさにハマれれば、それが一番いいんじゃないかな。結局そうやって生徒たちが来てくれて講師の方も来てくれて成り立っている。スペシャリスト一本に絞る必要はないと思っています。

――絞る必要は全くないですね。批判するのではなく見守ってくれればいい。大人同士の問題ではなく、子どもたちにとっての新たな機会や選択肢なので、その子に合った場所や方法を選んでくれればいいですね。

仁藤夏子さん:そこに民間の良さがあると思うんです!例えば行政からの受託事業を受けると税金での運営になるため、対象の制限が生じます。必ずしも勉強したい子ばかり集まる訳ではなくなるので、中には勉強をしなくなる子も出てきてきます。そうすると学習支援ではなく居場所支援になっている形が多いかな…と感じています。
私のように勉強したくてもできない、進学したくてもできない子を増やしたくないんです。せっかく支援者やボランティアの方々の協力をいただいて、無料塾という勉強の場をつくっているんですから。さらに受験の場合は、集められる情報の量と質に左右される部分が大きいので、生徒たちが情報を知らないことによって機会を逃してしまうことのないように取り組んでいます。私自身は、子どもたち一人ひとりの可能性の芽を摘んでしまったらもったいないという気持ちでいっぱいです。

小学生クラス

一方で、子どもたちを見ていると規律が身についていない子が多いなと感じます。ですから、規律を身につけてほしいと思って、日々子どもたちと向き合っています。

――規律ですか?

仁藤夏子さん:はい。例えば、所定の時刻に来ていないので電話をして何をしているのと聞くと、「ご飯を食べています」と。すぐ来て!先生に失礼じゃないのと言ったら、「あっ、はい」と言って30分もかかる道のりを歩いて来ました。
すみれ塾の予定が先に決まっているからそれを優先しなければならないという理解ができておらず、本人は悪気がないので、きちんと話さないと誤解が生じるような場面もあります。

――すみれ塾をスタートして1年半以上経ちましたが、始めてみて「おや?」と思うことはありますか?

仁藤夏子さん:もう、意外なことばかりです(笑)。講師の先生も、ボランティアでやっているけど学ぶことが多いと言われています。

――講師の方は、何歳くらいの方が多いんですか?

仁藤夏子さん:大学生もいれば定年退職後に来られる方、公文(くもん)で教えていた主婦の方など様々です。実は、無料塾の良さってそこにあると思っていて、学校の先生は学校の世界観しか知らないので、学校以外のことは言えなかったりするじゃないですか。
無料塾の場合は学生や主婦、会社員がいて、さらにうちは“ご飯タイム”があるので、生徒が先生に「先生何やっているの?」、SE。「SEってどんな仕事?」こうやって子どもたちの世界観が拡がっていくことが、無料塾の良さだと思うんです。いろんな人と関われて、そこから自分はどういう大人になりたいとか、ヒントを得てほしいと思います。いろんな先生がいた方が絶対いい。

ある日のご飯タイム

中学生夏合宿のご飯タイム

――すみれ塾の卒業生も講師で来ているんですか?

仁藤夏子さん:中3の子二人が受験終わって卒業するまで、小学生クラスの講師で入ってくれたことがありました。

――中学生が講師って、面白いですね。

仁藤夏子さん:すみれ塾の理念の一つに、「地域の子どもたちは地域の大人で」があります。ここで育った子どもたちが、また子どもたちを教えるっていいですよね。地域にとっても、とてもいい流れが生まれると思います。

――理念の中にもう一つ「同じような大人が増えること」とありますが、これはどういうことですか?

仁藤夏子さん:ボランティア講師から教わった生徒が、人のために行動することが当たり前のように身についてくれたらいいなと思っています。先生から受けたやさしさを、いつか自分も他の人に与えられるような人材が増えていければ、もっとお互い助け合えます。“結いの精神”のように困っている人がいたら助ける、自分が困っている時は助けてよと気軽に言える関係ができたらいい。
今の世の中、自分の子どもや孫のためにはいくらでもおカネを振り込んで、他の子どもにはあまりおカネや自分の力を使う人は少ないのかな…。自分の半径1mの世界だけじゃなくて、子どもの頃からみんなに助けられて生きていれば、お互い助け合って生きることが当たり前と思えるようになると思うんですよね。

――きっと、人間の温かみを感じながら生きる大人になると思います。

仁藤夏子さん:無料塾を立ち上げた方はみんな手弁当で始めていると思うし、私自身も最初は持ち出ししています。そういうことが当たり前になってほしいんです。無料塾やっていると、えっ、この人何を考えてるの?とか言われますが(二人大笑)、そうじゃなくて当たり前に思えるようになれば、みんな助け合って幸せになれると思います。

――いつ頃からそう思われたんですか?

仁藤夏子さん:私が中学の時の養護教諭の先生が凄く私をサポートしてくれたんですが、その頃から誰かの役に立ちたいなと思い始めました。
実は私が中3の二学期に、ちょうど推薦を受けようとしている時に父が家出をしてしまったんです。

――お父さんが?家出?

仁藤夏子さん:はい、お父さんが(笑)。私、結構壮絶な人生を歩んでいるんですよ(笑)。

――お父さんが、子どもたちをおいて?

仁藤夏子さん:子ども三人おいて家出しました。いきなり3,000円置いて、これで夕飯しろと。それまでもいなくなることがあったので、私たちにすれば3,000円が3日分なのか1週間分なのかわからないという感じでした(笑)。
お父さんにしてみれば、家にいない時間が長かっただけなのかも知れないけど、いなくなりましたねー。困りましたよね。

――みんな何歳だったんですか?

仁藤夏子さん:私が中3で、姉と兄が2つずつ上です。お父さんはある意味ネグレクト。本当に自分の人生だけを歩んでいるような人でした。
私の父みたいな親がいるということは、世の中にはそういう親が他にもいるということですよね。じゃあ、偶々そういう環境に当たった子はどうすりゃいいのと、私は考えてしまうんです。私の場合は中学校の先生が、勉強をやればできるんだから高校ぐらい行きなさいと私を後押ししてくれたので、都立高校に推薦で入ることができました。
また中3の時から、私は老人ホームの食事介護のボランティアをやり始めたんですが、人の役に立つことも悪くないなあなんて感じでやっていましたね。でも思い出してみると、ボランティアのきっかけは内申書を上げたかったのが本音だったような気がします(笑)。

――はあ?(二人大笑)

仁藤夏子さん:悪くないなあ、ボランティアも。そこからですよね、そうやって今に至っています。

(ふと、仁藤さんが後ろを振り向いて)あの方が、すみれ塾を立ち上げた時の自治会長の奥様です。(インタビューが始まる前から、ずっとお一人でスチール棚を組み立てています)
当時、自治会長に無料塾の場所についてご相談したら、この部屋を貸してくれました。場所も講師の確保も、結構とんとん拍子でした。当初は小学生クラスのみにしようと考えていたら、偶々ママ友が中2の子どもの三学期の面談で、親が勉強を教えるようにと先生から言われ困っていたので、講師のあてもなく速攻で中学生クラスをつくったんです。そうしたら真っ先に来てくれた講師の先生が日野市在住の東大生だったので、すぐに中学生クラスを教えてもらうことができました。奇遇だなーって思いましたね(笑)。

中学生クラス

――講師も無料ですよね?

仁藤夏子さん:うちの場合、交通費も本人持ち出しですから(大笑)。もうふざけてますよね、私(二人大笑)。だからいつも私、本気で心が痛いんです。大学生の講師さんが交通費持ち出しで来てくれているのに、生徒に休みますとか言われて当日に担当生徒がいなくなったら冷や汗かきます。だから調整がたいへんです(笑)。

――南三陸に来られるボランティアも、交通費や宿泊費を掛けて来てくれます。日常の中で見失いがちな何かがあるから来てくれると思うんですよね。

仁藤夏子さん:そうですよ、ボランティアは面白い世界ですよ!多くの人の心の中に、承認欲求があると思うんです。それだけ社会との関わりが希薄になってしまっているということですね。

――日常の仕事の中で、誰かや何かの役に立っているという実感が得られれば、随分違うと思うんですよね。

仁藤夏子さん:そうですね、うんうん、そうですね。そういう意味で無料塾は打って付けですね!日常の中にある“はざま”というか、そこなんですよね。

――被災地は都心から何時間も掛けて行くような場所が多いので、非日常という感覚でボランティアに来られるんじゃないかと思っています。

仁藤夏子さん:そう考えると、うちのご近所の先生はなぜ来てくれるのでしょうね?

――人間って、誰かの役に立てることが嬉しい生き物だと思うんです。

仁藤夏子さん:やっぱり、そうですよねー!

――世の中、勘違いして生きている人が多すぎると思います。人の役に立った時ほど嬉しいことはない。ここに来られる先生は、それがわかっている方々だと思いますよ。

仁藤夏子さん:先生たちとも話しているんですが、生活のためだけとか何かのためだけにおカネを稼ごうとすると、ちょっとつまらないよねと。正直、私はおカネを稼いでいない人ですから(笑)。
以前、営業の仕事をやっていた時も、自分のために稼ぐことにモチベーションは上がらなかった。今は、私凄いアホだなと思う時もありますが(大笑)、すみれ塾をやって“誰かのために”が私のモチベーションだと感じています。
私は稼いでないけど、不思議と将来の不安はありません。病気になって動けなくなっても、講師さんや生徒さんが一人でも会いに来てくれれば、いい人生だな…って思います。
私なりの方針は、支援する側とされる側に分けないということです。結構私は仕切ることが得意なのでそのパワーは提供するけど、苦手な子育てや(笑)絵本の読み聞かせなどは協力してもらうという感じで、私が得意なことをすればいいと思っています。

――私は仕事でも“貸し借り無し”、全てお互い様です。それ以上もそれ以下もないから、見返りとか考えているなら最初から関わらない方がいいよと言います。私は世の中を良くしたいと思って仕事をしているので、私に何かをしてくれる人は私を通して世の中を良くしようしているのだと思っています。

仁藤夏子さん:ホント、そうです。

――やってあげたとか思われても、私は何もしません。

仁藤夏子さん:人って本来そういうものであって、信用を築くことの方が大切で、将来的にもその方が困らないと思うんです。いつのまにか私の中では、生きるために稼がなければならないという囚われがなくなったし、“自由の中の不自由さ”がなくなってきました。

――いいことですね!執着心が薄れていくということは、しがらみから解放されつつある状態、あるいは手放している状態だと思います。

仁藤夏子さん:凄く幸せです(笑)!家のローンや教育費、老後の蓄えのために不安になり稼ごうとして心も身体も擦り減っているのであれば、それって何か違うと思うんです。

――不安は、まだ起きてもいないことに対して抱く感情なので、先のことを考えて不安になるなら考えない方がいいと思いますね(笑)。幸せかどうかも、幸せがどこかにあると思っていたり、多くのものを得ることで幸せになれると思っている人が多いようですね。私には理解できません(笑)。

仁藤夏子さん:今私、とても幸せですよ!

――どこにでも幸せは転がっていますからね(大笑)。

仁藤夏子さん:そうそう、1時間以上前からずっと後ろで自治会の方が一人で棚を組んで下さっていますが、あれはうちの棚なんですよ。こういう方がいるって幸せじゃないですか(二人大笑)!人って同じことが起きていても、捉え方でだいぶ幸福感が変わってきますよね。

――根底に“ありがたみ”があれば、幸せを感じやすいのになあ。

仁藤夏子さん:いつも生徒たちには「親の存在も、モノがあるのも、この場所があることも、当り前だとは絶対に思わないで!」と言っています。周りにあるものは、何一つ約束されているものではないことを理解してほしいと思っています。
すみれ塾の卒業生の中に、こんなことを書いてくれた子がいました。
(すみれ塾の卒業文集を開いて)
「一番は人と人との関わりの大切さを学べたことが、最も成長できたことだと思います。すみれ塾では挨拶をしっかりやりましょう。今自分がおかれている状況は当り前ではなく、ありがたいことだということを知りましょうということを教えていただきました。私はすみれ塾で、人として成長できたと思います」

ここなんですよね!全てに感謝、ありがとう!の気持ちが持てたら、絶対に人は幸せです。

生徒からのサプライズプレゼント

――最高、いいですね!これから子どもたちにどう生きてほしいですか?

仁藤夏子さん:その子本来の人生を歩んでほしいですね!
今の子どもたちは忙しいなと思います。SNSって人のいいところの一部分しか見えないのに、その一部分で「○○ちゃんは、もうかけ算覚えてるの?」とか、親御さんは自分の子どもが人よりも早く何かができたことを成長のように思っていて、そういう親御さんの意識に左右されて、子どもたちは競争合戦に巻き込まれていく感じがします。人それぞれ全然違うのに、教育が一律のためいつも比べられ生きています。できないことばかりに目を向けられ、劣等感を抱き、本来もっている力が萎んでしまいます。
だから大人の機嫌を伺っている子も多いし、お母さんが安心するからとか、みんながやっているからとか。本当に自分は何をしたくて、どう生きたくて、何に興味があってということを深掘りして、それに対して時間や労力を使ってほしい。お母さんがこう言うから…、そうじゃなくてあなたの人生だよ。お母さんが行く学校じゃないよ、あなたが行く学校なんだよ。いつしか子どもたちは、“大人の人生”やってしまっている。そういうのって胸が痛いです。

――これから何をしたいですか?

仁藤夏子さん:私はお母さん目線で生徒たちを見てしまうので、本気で生徒たちを怒るし、自分の人生を考えてるの?と、かなり感情も入ります。だから私の性格では、これ以上多くの生徒を受け入れることは難しいと思っています(笑)。
でも、私は死ぬまで未来を担う子どもたちとは関わっていきたいので、無料塾が必要なら無料塾を継続すること。必要ない時代が来たら、また別のことで子どもたちと関わっていけたらいいなって思います。

――今日は、アツーいお話しをありがとうございました!

合格祈願

子どもたちとのやり取りを、こんなに熱く語る人も珍しいなあ。これだけ真剣に真っ直ぐ向き合って叱られたら、子どもたちはアタマではなく、ちゃんと心で受け止めるだろうなあ。そんなことを考えながら、私は仁藤さんとお話しをしていました。

子どもたちは、相手の大人が怒っているのか叱っているのかを直感的に区別していると思います。当の大人が、自分が怒っている(腹を立てている)のか叱っているのかもわからないようだと、逆効果になってしまうことも多いのではないでしょうか。

「私、結構壮絶な人生を歩んでいるんですよ!」と笑っている仁藤さんは、3,000円を置いて家出をしたお父さんのことも笑いながら話していました。そんな仁藤さんとお話ししていると、“自分の人生は自分で切り拓く”という強い信念を感じます。一方で、“人は一人では生きられない”ということを身に染みて学んできたからこそ、子どもたちには“自分らしく生きる”ことの大切さを知ってほしいという願いが伝わってきます。

仁藤夏子さんはご自身の体験を通して、子どもたちに“生き方”を伝えてくれる人でした。

■仁藤夏子さんのプロフィール

東京都北区出身、日野市在住。2歳の時に両親が離婚し父子家庭に育つ。2017年11月に「無料学習塾 日野すみれ塾」を設立。
ボランティアは優しさの種まき作業。誰もが助け合いのできる社会を目指して活動中。

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